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人間関係に疲れやすいなら自分に「良い」と言い聞かせてみようか

woman in gray tank top showing distress
Photo by Andrea Piacquadio on Pexels.com

私は人間関係に疲れやすいです。

例えば、新卒で入った職場にはなじめなかったのですが、毎日その場にいるだけで疲弊していました。

今までずっとこんなかんじ。

最近、「なんでいつも人間関係で疲れるのだろう?」と考えました。
すると、自分がこだわっていた人間関係に対する考え方に理由があることに気づいたのです。

人間関係に疲れやすい原因

これまでトラブルや嫌な思いをした時のことを思い返すと、人間関係に対する考え方や特性が共通していました。

こういう考え方や特性が原因で人間関係のトラブルが起きるようになり、人間関係が疲れるものになってしまっていたわけです。

相手の感情に影響を受けやすい

相手の機嫌が悪いといつも「自分何かしたかな?」と考えてしまいます。
実際そんなことなかったというパターンがほとんどなんですけどね(^_^;

それから、相手が自分に怒りだしたら相手の怒りが瞬時に自分に移るといいますか、そういう感覚に陥って自分も怒ってしまうということも。

はたまた、悩んだり悲しんだりしている相手には自分も同じように深刻に悩んで一緒になって考えていたなんていうこともあります。

逐一相手の感情に合わせて思い悩んだり気持ちがコロコロ変わるので、人と関わった後はどっと疲れてしまうのです。

他人の攻撃的な言動が忘れられない

他人の感情に影響されやすい上に、他人から受けた攻撃的な言動はいつまで経っても忘れられないのです。

攻撃的な言動が随時思い出されて、マイナスな感情ばかり生み出してしまいます。

マイナスな感情ばかり浮かぶと、前向きな気持ちになれず鬱々としてくる。

これが身体にも影響して、疲労感を感じます。

そして、たちの悪いことに他人の攻撃的な言動が常に頭にあるからまた攻撃を受ける。

こういう悪循環を繰り返して、人間関係に疲弊してしまいます。

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

全ての人と仲良くしたい

人と関わると疲れるし嫌なことばかりだと思っているくせに、嫌われるのは怖くて全ての人と仲良くしたいと考えてしまうんですよね。

私の場合、仲良くしたいどころか「みんなと仲良くしなきゃならない」と思い込んできました。

そのため、無視や嫌味など人から嫌われれていると感じる行動されるととてつもなく動揺してしまい、ひどい時は動悸がします。

無視や嫌味を言ってきた相手にこれ以上嫌われたくなくて、傷ついているのに必死で笑顔を作ってどっと疲れるのがいつものパターンです。

自分を嫌っている相手だけではなく、仲良くしている人からも嫌われることを恐れて過剰に気を遣ってしまうので、それも疲れやすい原因になります。

人間関係に疲れやすいなら自分に「良い」と言ってみようか

そんな人間関係ばかり続けてきたもので。

「これ以上人間関係に振り回されて疲れ続けていいの?」

とふと思いました。

もう人間関係で疲れることは断ち切っても「良い」のではないか。

と考えが変わりました。

この人間関係パターンから脱するためには、今までの自分がダメだと思っていたことに「良い」と言ってあげることではないかという結論に達したのです。

苦手な人からは距離を取っても「良い」

これまでの自分を振り返ると全ての人と仲良くしなきゃという思考パターンから、「相手から攻撃を受けても逃げてはいけない」と思い込んでいました。

相手からの攻撃にダメージを負っているにもかかわらず、逃げることなくむしろ向かい合って笑顔を作ることが多かったです。

そんなことをしたって攻撃してくる相手は「反撃が来ないヤツだ」とつけあがって、攻撃がエスカレートするだけなのにね。

「逃げちゃダメだ」の思考パターンが顕著に出た出来事の中に、就活して内定がもらえた後にそこの職場が厳しいところだと知ったにもかかわらず、そのまま働いたというエピソードがあります。

1回だけではなく、2回やりました。

当然、攻撃されることばかりで精神的に疲弊して働き続けるのは無理でした。(1か所は期限付きだったのが救いだった。)

当時の私は生活費のことや転職するから辞める職場の人のことを考えて入社しちゃったのですが、今考えたら「他の職場が決まった」とか理由付けて内定辞退して、納得いくまで数ヶ月就活を続けるのもありだったのではないかと後悔しています。

自分の心身、特に心・精神の部分は自分しか守れませんからね。

危険だとわかった段階で近づかない・苦手な人からは距離を取っても「良い」と考えるようになった今はだいぶ楽になりました。

嫌う・嫌われることを悪いと思わなくて「良い」

「全ての人と仲良くしなきゃならない」という思考パターンは「嫌う・嫌われることは悪いこと」という思い込みを産み出しました。

そのため、人に嫌われることを極端に恐れて、人に嫌われていると感じると動悸がするのです。

反対に自分が人を嫌うことにも罪悪感がありました。

だから、「こいつは反撃しない」と思われて攻撃が好きな輩のターゲットにされてきた。

「人を嫌うことが悪いことではない」と相手を嫌う自分を認めてあげるのは、不届き者から身を守る術にもなるんだな。

と今ではそう考えています。

ただし、相手を嫌うことを認めること=相手に攻撃してもいいという意味ではありません。

いい人でいなくても「良い」

人に嫌われたくない気持ちは、「常にいい人でなきゃいけない」という思い込みにつながります。

いい人でいようとして、相手が喜ぶことは何かと常に考えたり、相手に何か与えたりを繰り返していたら疲れますよね。

また、自分に攻撃する相手に対してもいい人でいようと接してしまうので、余計に攻撃を受けることもあります。

いい人でいようとするのは良好な人間関係を築く手段ですが、自分に悪影響を及ぼす時もあります。

したがって、いつもいい人でいる必要もないのです。

いい人でいることを諦めるのは、自分を守る手段であり、たまには必要なことです。

自分が居心地のいいと思う場所に属しても「良い」

コロナが流行るまでは、お金を稼ぐ=職場で働くと思い込んでいました。

私は田舎育ちなので、周りも働くということは職場に勤めに出ることだと考えています。

働かざる者食うべからず

と小さい頃から親に教わってきましたが、これって「勤めに行かざる者食うべからず」ってことなんですよね。

職場って嫌でも人との関わりが発生しますよね。
人間関係に疲れやすい人にとって、一番影響を受ける場所といえます。

「職場で嫌なことがあるのは当然だから我慢しなさい」

という教えられてきたので、我慢してきました。

でも、なんかもう我慢しないで自分の居心地のいい職場を求めても「良い」のではないかと思うんですよ。

給料が安いけれども、人と接する機会は少ない仕事

とか

自分の特技だけ活かせる仕事

とか

探し求めれば見つかるだろうし、給料が安くて生活できないんじゃないかと思ってもその分支出を減らす工夫を調べるとかいろいろと方法はあるんじゃないかと最近考えるようになりました。

思い切って在宅ワークに足を踏み入れるのも1つの方法ですしね。
むしろ、職場よりも人との関わりを少なくして仕事が完結できるので、人間関係に難がある私には合っているかも。

私が今こうして書いているブログもそういう意図から始めているんですよね。

ブログ開設ノウハウの本を買ってWordPressを契約していろいろやって今日に至る。

収益は0円ではなくなったものの、おこずかい以下の微々たるものです。

そんなかんじで在宅ワークで生活費を稼ぐには実現できるか未知な状況なので、外で仕事をすることになりそうです。

でも、これまでのような良い給料がもらえる、とかかっこいい職種だ、とか名前の通った職場、だとか人が「良い」と思っているような職場じゃなくて自分が心地「良い」と思った職場で働きたいですね。

職場の話ばかりしてきましたが、仕事の話に限らずプライベートでも友達付き合いとか出入りする場所とか何においても自分が居心地のいいと思った場所に属しても「良い」のではないでしょうか。

おわりに~人の「良い」より自分の「良い」~

人間関係に疲れやすい話から長々と語りましたが、結論としては自分が本心から「良い」と思う方向に向かうことを「良い」と認めてあげると心身共に健やかに生きられるのかなと言いたかったわけです。

よっぽど反社会的なものでない限り、人に批判されるのはその人が悪いと思っているだけの話ですからね。

人の「良い」より自分の「良い」を優先しよう

と訴えたかったのと、「自分もこれからそうやって生きていきたいなぁ」という気持ちからこの記事を書きました。

このような考えに至ったのは、「敏感すぎて生きづらい人の明日からラクになれる本」という本を読んでからでした。

HSPを取り上げた本ですが、私も文章内で挙っているHSPの特徴に9割もあてはまっておりました。

人間関係に疲れやすい自分を否定し続けてきましたが、本を読んでから「自分はそういう気質だったんだ」と受け入れることができました。

そして、本の中でも「自分にとって無理がない環境作り」を勧めていました。

これからは自分の良いと思う方向に進み、自分が良いと思う場所で生きていこうと思います。

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